結婚の幸福

人間は男も女も結婚することによってへ一定した生活をみずからつくりあげます。そして、そ
の一定したもののなかで、一定しているがために、倦怠と退屈を感ぜずにはいないのです。男と
女とで、この一定したものにたいする愛情の強さは、むろん程度を異にするでしょう。妻の方がいっそうこれを好むでしょう。
一定した環境のなかで、一方は一定したものをいっそう好み、他方はいっそう好まないという状態lそれが結婚といわれるものであるかもしれません。
結婚は、じっさい、これを心理的にみるとき、多くの危険なものをはらんでいるように思われます。
結婚生活は一口にいえば、反覆の生活です。それは単調で平凡なくりかえしです。そこにはスリルがありません。

もう止めましょう。あなた方はここまでお読みになって、結婚の夢が色あせたように感じられ
ましたか。しかし、わたしはけっして嘘いつわりを書いたわけではありません。じじつはじじつ
として、はっきりと知っておいていただいた方がよいと思うのです。

もしあなたがこの章をはじめに読まれたとしたら、ここで伏線としてすこしずつふれておいた
結婚の智慧と幸福への示唆が、このさきの章では具体的にとりあげられてゆくことに気がつかれ
るでしょう。結婚に悪いイメージを持っていても、一歩踏み出してください!結婚相手を探せば、
あなたに合った探し方も探せるので不安や悩みも解決してくれるサービスを見つけられます。

出典:結婚相談所 比較
030

結婚生活は単調

単調な日為の反斑は、当然のことであるが、倦怠と退屈をうみます。世間は
しばしば、夫婦の倦怠期というとくくつな心理状態の時期についてうんぬんします。けれども、
倦怠と退屈とは、じつは結婚のもっている宿命的な性格なのです。結婚して三年目に、はじめて
倦怠期というものが、突然おとずれてくるものではないのです。新婚の翌日から、反覆の第一歩
がはじまっているのです。倦怠期とは、これからながながとつづくと思われる未来の倦怠の期間
にたいして、はじめてはっきりと自覚し、そのことにいいようもないおぞましさを感じはじめる
時期のことにほかなりません。
仕事もいいけど、人生設計もしっかり考えて素敵な出会いを見つけてください。
しかも倦怠を感ずるのは、妻よりもいっそう男性である夫でありましょう。いままでのところ
結婚生活では、男性である夫が主役を演じ、イニシァティブをとってきました。
しかも、その夫が最初に、そしていっそう強く倦怠にめざめるのです。
だから、結婚はいつでも危機に立っているともいえるのです。
結婚、あるいは今日われわれが望んでいる一夫一婦婚は、ドイツの心理学者であるシャーロッ
テ・ピューラーもいうとおり、人間がなにか一定したものGOB①冒掲計画ロ弓)を求めずには
おれないという傾向の生みだしたものでありましょう。一定しない生活は人間に不安を与えま
す。そして不安はもっとも耐えがたいもののひとつです。

参考:結婚相談所 選び方
033

夫婦の距離感

とにかく、子供の出生によって、三人が三角関係をつくるということ、そしてそれだけに、夫
と妻とのあいだに一定の距離がいやおうなしに生ずるということ、これだけはまちがいないようです。
この一定の距離感をわたしはつぎのようにいいたい。子供の出生lつまり、結婚生活から家庭生活への移行は、
夫婦のなかで、いままでの平面的な結合感を、立体的な結合感に変えるのであると。
子供の出生はむろんのこと、夫婦が結合しているという意識を高めます。たしかにそれは結合
「意識l「これでわたしたちは、めったなことで離れられないのだ」という意識を与えます
が、この結合意識は、必ずしも夫婦の直接的な結合そのものを強めるものとはいえません。
だから子供の出生は、夫と妻とのあいだに一定の距離感をあたえ、同時に、いままでの結婚生活では
想像もできなかったような、あたらしい結合の「意識」をあたえる、というようにいっていいで
しょう。これを身ぢかに表現して、つぎのようにいってみましょう。子供の生まれるまで、あな
たたち夫婦は、自分たちの意志や理性や愛情で直接結ばれ合っていたと考えるでしょう。ところ
が、子供が生まれるとともに、あなたたちのこの結びつきは、自分たちの意志や理性や愛情以外
のものによって「むすび合わされた」のだと感ずるようになるでしょう。
もし、あなたが恋愛向きなら、将来の結婚に向けて経験値を増やしましょう。

参考:出会い系 サクラいない
034

夫婦の異なった心理

われわれは、そのぱあいにも、愛情という不明確な切符(きりふだ) をもちだすのがつれです。しかし、愛
情がこのぱあい、夫婦のこうした異なった心理を同一のものにさせることはあり得ません。
子供が生れた家庭というものは文字どおり三角関係です。そして少くとも、
この三角は二等辺ではないようです。父が子供を愛するように、母が子供を愛するわけはないし、
子供を眺めるふたりの眼は全くちがっています。どういったらいちばん正確なのか、
わたしはいまそのための、短いしかも正確な表現をまったく知りません。

いったい子供をもつということは、心理的にみて、結婚の本質的な要素ではありません。
あなたにしたところが、子供を生むためにの承結婚するということが考えられますか。
また、子供を生むためにのみあなたと結蛎することを望む男性を、あなたはなにか変だとは思いませんか。
結婚とは本来(愛しあった)一対の男女の結合に他ならないのです。
子供はその結合のひとつの結果にすぎないのです。
子供は結婚の結果であって、目的ではないのです。(少なくとも夫である男性にとっては)
そして結婚の結果である子供の出生は、夫婦それぞれにたいして、ぜんぜん別個の意味をもっています。

結婚の心理をじゅうぶんに説明するためには、われわれはこのぱあい、
父親の心理と母親の心理、その上、さらに父としての夫、母としての妻といったものを、
ふたりがお互にどういうふうに感ずるかを説明しなければならないでしょう。
自分を作り過ぎずに素敵なパートナーを見つけよう。

出典:
021

結婚生活

性的結合が、夫婦の一体化の世界であるという美しい表現には、たしかにちっともいつわりは
ありません。けれども、この一体化の世界は、時間の点ではけっしてながくはないのです。夫婦
が性的結合によって、一体化を経験する時間の長さにくらべれば、性生活において夫婦が別様に
感ずる心理の世界の方が、はるかにながく、またはるかに大きいといえます。
われわれは今までのところ、夫婦としてこうした性の世界について、それぞれの感想を率直にのべ合う習慣をもっていませんでした。
もしすべての夫婦が、これを率直にのべ合う習慣をもったとしたら、
結婚生活はおそらく、いまとはかなりちがったものになるのではないかと思われます。
性生活において、夫婦が異った心理を体験するもっとも明白な証拠は、子供を生むということ
に関してこれを拳ることができます。妻は受胎し分娩したときに、
女性としての性(あるいは根本的な生)の満足をふかく体験します。ところが妻の受胎、
子供の出産について夫は少しも性(生)の満足を経験しません。
母となった妻は、女性としての生命の実現を感ずるでしょうが、父となった夫は、
このことについて生物的なよろこびをそれ程には経験しないでしょう。
いや極端にいえば、夫は父となったということについて、
いわば社会に対する肩書きといったものを自覚するにすぎないとさえいえるのではないでしょうか。
父性愛と母性愛の相違といったことをいまいっているのではありません。
妻が母となったときの心理と、夫が父となったときの心理との、むしろ根本的なちがいをいっているにすぎないのです。
あるいはこういってもいいでしょう。父と子との関係は概念的であり、母と子との関係は生物的である、と。

こういうふたりが、夫として、妻として、子供を仲にはさんで向いあっている心理の風景は、
まことに複雑で異様なものだと思われます。
夫婦間で問題が発生したら、このように解決までは精神的にも肉体的にも
大変ですので、相性ピッタリの結婚相手を見つけましょう。

出典:出会いがない 社会人
012