世の中に絶対はない

「それは男でも女でも動物でもいいんだけど、心が一つになれば体は別にいいかなって。目と目があって通じ合うとかあるじゃないですか。
女の人ってそんなにセックスに興味ない人も多いんじゃないかな。女性は妊娠とかリスクがあるし、中絶すると二’三年寿命が縮むっていうし……。それが怖いのかもしれない」

子供もいらないと宣言する。
「あのカッコであの台の上に乗るのが嫌だし、帝王切開であとが残るのも嫌だな。そこまでする価値があるのかって思っちゃう。
私、握力ないし、子供育てるのは体力的にも無理なんです。それにイジメとか校内暴力をそつなく切り抜けるのがネックだっていうような世界に、わざわざ自分の子供を送り出すのもどうかなって」
世の中、絶対はないので、こんなことを言っていても、彼女だっていつだれかと恋に落ちるかもしれないし、打算的な発想で金持ちを射止めようという気持ちにならないとは言い切れない。
ただ、彼女にとって、多くの人が結婚に求めるものが、たぶん今は必要のない、うっとうしいものなのだろう。
「結婚したからって、何も新しいものが生まれないと思うんです。二人でダラーってなれ合うんだったら、一人で寝そべってたほうがよっぽどいい。
普通で考えれば共稼ぎしないとやってけないじゃないですか。そしたら、家政婦やって言葉は悪いけど売春婦やって、看護婦やって、ベビーシッターやってなんて、
私には絶対無理ですね。
老後だって、体がきく限りは一人でも平気だし、いい音楽や絵や本や……こんなすばらしいものが世の中にいっぱいあるのに、別に結婚なんてしなくたっていいやって……」
仕事もいいけど、人生設計もしっかり考えて素敵な出会いを見つけてください。

参考:
DY109_L

結婚なんてつまらない

父と母は、結局三年前に離婚した。
「母は父と離婚する直前に、私に向かって〃結婚なんてつまらないから、どうしてもって気持ちがないんだったらやめとけば〃って言ってました。今はこれだけ自由なんだからって……。最近友だちも結婚に失敗したし、別に結婚なんかするより自分の好きな生活をしてたほうがよっぽどいいと思う」結婚の話になると、取りつくシマもない感じだ。が、よくよく話を聞くと、根本的に男性が嫌いとか、恋愛が嫌いといったことでもないようなのだ。「男のずるいとこが嫌なんですよ。女をなんとかしちゃおうっていうような……。私、美容院とかでも、さわられるのが苦手なんですね。というより、体に対する意識が強すぎるから、普通の人は何も感じないようなことを過剰に嫌だと思うのかもしれない。一回美容院でさわり上手な人がいて、髪をさわられてるのがすごく気持ちよかったことがあったんですけど、仕事でそういうことするのは職権濫用じゃないですか。あとになって腹が立って、それ以来なるべく女の美容師さんにやってもらうようにしてる」別に性的な意味だけではなく、たとえば髪や体にふれられることで、相手の何かが心にくいこんでくるのが落ち着かないのだろう。それが相手の心をそのまま表現した行為ならいいが、心ではバカにしながら、女をものにしようという男の魂胆が見えてしまう。どうせ男なんてそんなものだという気持ちがあるのだ。自分を作り過ぎずに素敵なパートナーを見つけよう。

参考:
DY137_L

結婚のボーダーライン

看護婦になろうと思い立ったときも、急に受験科目を変えざるを得ず、かなり勉強は大変だった。が、「決めたら強い」という。やりたいことのためならがんばれると……。あどけない顔のせいか、ミニのワンピースにブーツ姿を見ると、そのへんの高校生と変わらないが、芯の強さは人一倍のようだ。「プランとしたら、三年で一応技術を身に付けるつもりだったんだけど、まだ自分で納得がいかないから、満足感得られるまでは今の職場で仕事を続けようと思ってます。そのあと具体的にはNGOに参加するとか方法はいろいろあると思うんですけど、まだのんびりとかまえてて……。その前に一年間ブラブラと旅行してまわろうかなと思って貯金してるんです。学生の後半に旅行に目ざめたんで、まだまだしたりない……。でも、あまり時間かかっちゃったら、いろんなものがあと回しになるから、結婚も遅くなっちゃいますよね。結婚にボーダーラインとかつけたくないけど、私も世間に振り回されてるところもあると思う。できたら二十代でしたほうがいいのかなとか。でも、しないかもしれないし、看護婦だから食いつばぐれないじゃないですか。それは強みですよ。だから何が何でも結婚しなくたっていいやって、気楽なとこはあります」自分の価値観を見つけることができたときから、彼女の人生には、きっと人から決められた「○○でなければならない」という縛りはなくなったのかもしれない。恋愛と結婚は違うところが多いですので、出会った素敵なパートナーをよく見極めましょう。

出典:
DY158_L

結婚相手

今、ボランティアをしてる学生とか主婦の人も多いけど、人のためにっていうのはウソだよって思う。〃え-かっこし-“じゃなくて、本当に自分がしたいならいいんだけど、本当に?って目で見ちゃうところがある。たとえばイスラエルのキブツに行きたいとか言ってるけど、その背景とか知ってるの?って……。私は仕事で行くわけで、無償だなんて考えてないです。そんなにたくさんじゃなくても暮らせる程度のサラリーは欲しいと思ってる」そんなふうに考えられるようになってからは、本当にラクになったと、顔が緩(ゆろ) む。自分を演じることなく、素直な気持ちのまま自然に話しているのが、目の前からひしひしと伝わってくる感じだ。彼女が自分というものを見つけるのには、初めて結婚を考えた男性の影響もあった。「彼はネパール人で、二十歳の時にバックパッカーの貧乏旅行をしてて、そこで出会ったんです」恋は突然始まった。この人とつき合おうかどうかなんて考える余地はなく、心は彼に向いていた。いっしょにいた日にちなんてたかだか一ヵ月くらいだが、生まれて初めてこの人と一生いっしょにいたいと思った。彼の家は、ヒマラャヘの観光客向けのホテルの経営をしている。今すぐにではないが、看護婦の免許をとり、技術をつけてからなら、彼と結婚してネパールに行っても、彼女の夢は壊れないどころか、むしろ、より近くなる。二人の間では、結婚は何も問題のないことだった。「ウチの親にはないしょで向こうの両親にも会いに行ったんです。でも彼の父親に猛反対されました。向こうは結婚がすごく早い国なんですね。でも、私もそのときまだ学生だから、すぐには動けないし、それにインドのカーストみたいなものとか、部族同士でも決まりがあって、ファミリーや親戚という意識がすごく強いんです。だから、結婚相手も親が決めるのがあたりまえで……」どんなに好きでも、別れざるを得なかった。ずっとそういった価値観の中で生きてきた彼にとっては、たとえば家族を捨ててほかの場所で独立して暮らせばいいといった割り切りでは解決のつかない問題だったのだろう。素敵な結婚相手を見つけても結婚後に問題は発生した場合、ここに書いてあるように意外と改善に手間がかかります。気を付けましょう。

出典:
DY144_L

さけたい相手

人間が、何よりもまず家族人としてつくられるものである以上、人間の形成過程において決定的な力をもつ家族社会のちがいは、同時に、結婚後の家族生活におけるあらゆる面でのくいちが
いとなってあらわれてきます。
生活階層のちがいは、生活感覚のちがいを生みだすでしょう。それは当然、生活態度のちがいとなってあらわれてもきます。
生活感覚や生活態皮の差が大きいぱあい、共同生活をたてまえとする結婚がうまくゆく可能性は、かなり小さくなることは明らかです。
もちろん、結婚後、あるていどの調整も可能であるかもしれません。しかし、差が大きければ、調整の困難は想像以上であるといえましょう。
むしろ、調整に成功するのは、例外であるといったほうがよい。
人間みな平等、という評語は、人間みな同じ、という意味ではありません。人間は、それぞれ一人一人が、心身ともにちがっており、とくに、形成過程のちがいによって全く別人ともいえる人間につくられもするのです。
もちろん、階層を同じくするもののあいだにも、多くの面でのちがいはあるでしょう。
しかし、生活階層を同じくする人間と、階層の差の大きい二人の人間とのあいだでは、二人のあいだのちがいを調整するための困難には、比較にならないものがあることは明らかです。
出会いはいくらでもあるけど、出会った人といつまでも仲良くいられるかはあなた次第です。
差の調整に成功するぱあいがないわけではないとしても、失敗の可能性の多いほうをえらぶのは、おろかな人間のすることです。
今日、生活階層の差が、まだ消失していないことをおもえば、こうした指摘もかなりの重要性をもつものといえましょう。

出典:
変換 ~ 019

結婚の幸福

人間は男も女も結婚することによってへ一定した生活をみずからつくりあげます。そして、そ
の一定したもののなかで、一定しているがために、倦怠と退屈を感ぜずにはいないのです。男と
女とで、この一定したものにたいする愛情の強さは、むろん程度を異にするでしょう。妻の方がいっそうこれを好むでしょう。
一定した環境のなかで、一方は一定したものをいっそう好み、他方はいっそう好まないという状態lそれが結婚といわれるものであるかもしれません。
結婚は、じっさい、これを心理的にみるとき、多くの危険なものをはらんでいるように思われます。
結婚生活は一口にいえば、反覆の生活です。それは単調で平凡なくりかえしです。そこにはスリルがありません。

もう止めましょう。あなた方はここまでお読みになって、結婚の夢が色あせたように感じられ
ましたか。しかし、わたしはけっして嘘いつわりを書いたわけではありません。じじつはじじつ
として、はっきりと知っておいていただいた方がよいと思うのです。

もしあなたがこの章をはじめに読まれたとしたら、ここで伏線としてすこしずつふれておいた
結婚の智慧と幸福への示唆が、このさきの章では具体的にとりあげられてゆくことに気がつかれ
るでしょう。結婚に悪いイメージを持っていても、一歩踏み出してください!結婚相手を探せば、
あなたに合った探し方も探せるので不安や悩みも解決してくれるサービスを見つけられます。

出典:結婚相談所 比較
030

結婚生活は単調

単調な日為の反斑は、当然のことであるが、倦怠と退屈をうみます。世間は
しばしば、夫婦の倦怠期というとくくつな心理状態の時期についてうんぬんします。けれども、
倦怠と退屈とは、じつは結婚のもっている宿命的な性格なのです。結婚して三年目に、はじめて
倦怠期というものが、突然おとずれてくるものではないのです。新婚の翌日から、反覆の第一歩
がはじまっているのです。倦怠期とは、これからながながとつづくと思われる未来の倦怠の期間
にたいして、はじめてはっきりと自覚し、そのことにいいようもないおぞましさを感じはじめる
時期のことにほかなりません。
仕事もいいけど、人生設計もしっかり考えて素敵な出会いを見つけてください。
しかも倦怠を感ずるのは、妻よりもいっそう男性である夫でありましょう。いままでのところ
結婚生活では、男性である夫が主役を演じ、イニシァティブをとってきました。
しかも、その夫が最初に、そしていっそう強く倦怠にめざめるのです。
だから、結婚はいつでも危機に立っているともいえるのです。
結婚、あるいは今日われわれが望んでいる一夫一婦婚は、ドイツの心理学者であるシャーロッ
テ・ピューラーもいうとおり、人間がなにか一定したものGOB①冒掲計画ロ弓)を求めずには
おれないという傾向の生みだしたものでありましょう。一定しない生活は人間に不安を与えま
す。そして不安はもっとも耐えがたいもののひとつです。

参考:結婚相談所 選び方
033

夫婦の距離感

とにかく、子供の出生によって、三人が三角関係をつくるということ、そしてそれだけに、夫
と妻とのあいだに一定の距離がいやおうなしに生ずるということ、これだけはまちがいないようです。
この一定の距離感をわたしはつぎのようにいいたい。子供の出生lつまり、結婚生活から家庭生活への移行は、
夫婦のなかで、いままでの平面的な結合感を、立体的な結合感に変えるのであると。
子供の出生はむろんのこと、夫婦が結合しているという意識を高めます。たしかにそれは結合
「意識l「これでわたしたちは、めったなことで離れられないのだ」という意識を与えます
が、この結合意識は、必ずしも夫婦の直接的な結合そのものを強めるものとはいえません。
だから子供の出生は、夫と妻とのあいだに一定の距離感をあたえ、同時に、いままでの結婚生活では
想像もできなかったような、あたらしい結合の「意識」をあたえる、というようにいっていいで
しょう。これを身ぢかに表現して、つぎのようにいってみましょう。子供の生まれるまで、あな
たたち夫婦は、自分たちの意志や理性や愛情で直接結ばれ合っていたと考えるでしょう。ところ
が、子供が生まれるとともに、あなたたちのこの結びつきは、自分たちの意志や理性や愛情以外
のものによって「むすび合わされた」のだと感ずるようになるでしょう。
もし、あなたが恋愛向きなら、将来の結婚に向けて経験値を増やしましょう。

参考:出会い系 サクラいない
034

夫婦の異なった心理

われわれは、そのぱあいにも、愛情という不明確な切符(きりふだ) をもちだすのがつれです。しかし、愛
情がこのぱあい、夫婦のこうした異なった心理を同一のものにさせることはあり得ません。
子供が生れた家庭というものは文字どおり三角関係です。そして少くとも、
この三角は二等辺ではないようです。父が子供を愛するように、母が子供を愛するわけはないし、
子供を眺めるふたりの眼は全くちがっています。どういったらいちばん正確なのか、
わたしはいまそのための、短いしかも正確な表現をまったく知りません。

いったい子供をもつということは、心理的にみて、結婚の本質的な要素ではありません。
あなたにしたところが、子供を生むためにの承結婚するということが考えられますか。
また、子供を生むためにのみあなたと結蛎することを望む男性を、あなたはなにか変だとは思いませんか。
結婚とは本来(愛しあった)一対の男女の結合に他ならないのです。
子供はその結合のひとつの結果にすぎないのです。
子供は結婚の結果であって、目的ではないのです。(少なくとも夫である男性にとっては)
そして結婚の結果である子供の出生は、夫婦それぞれにたいして、ぜんぜん別個の意味をもっています。

結婚の心理をじゅうぶんに説明するためには、われわれはこのぱあい、
父親の心理と母親の心理、その上、さらに父としての夫、母としての妻といったものを、
ふたりがお互にどういうふうに感ずるかを説明しなければならないでしょう。
自分を作り過ぎずに素敵なパートナーを見つけよう。

出典:
021

結婚生活

性的結合が、夫婦の一体化の世界であるという美しい表現には、たしかにちっともいつわりは
ありません。けれども、この一体化の世界は、時間の点ではけっしてながくはないのです。夫婦
が性的結合によって、一体化を経験する時間の長さにくらべれば、性生活において夫婦が別様に
感ずる心理の世界の方が、はるかにながく、またはるかに大きいといえます。
われわれは今までのところ、夫婦としてこうした性の世界について、それぞれの感想を率直にのべ合う習慣をもっていませんでした。
もしすべての夫婦が、これを率直にのべ合う習慣をもったとしたら、
結婚生活はおそらく、いまとはかなりちがったものになるのではないかと思われます。
性生活において、夫婦が異った心理を体験するもっとも明白な証拠は、子供を生むということ
に関してこれを拳ることができます。妻は受胎し分娩したときに、
女性としての性(あるいは根本的な生)の満足をふかく体験します。ところが妻の受胎、
子供の出産について夫は少しも性(生)の満足を経験しません。
母となった妻は、女性としての生命の実現を感ずるでしょうが、父となった夫は、
このことについて生物的なよろこびをそれ程には経験しないでしょう。
いや極端にいえば、夫は父となったということについて、
いわば社会に対する肩書きといったものを自覚するにすぎないとさえいえるのではないでしょうか。
父性愛と母性愛の相違といったことをいまいっているのではありません。
妻が母となったときの心理と、夫が父となったときの心理との、むしろ根本的なちがいをいっているにすぎないのです。
あるいはこういってもいいでしょう。父と子との関係は概念的であり、母と子との関係は生物的である、と。

こういうふたりが、夫として、妻として、子供を仲にはさんで向いあっている心理の風景は、
まことに複雑で異様なものだと思われます。
夫婦間で問題が発生したら、このように解決までは精神的にも肉体的にも
大変ですので、相性ピッタリの結婚相手を見つけましょう。

出典:出会いがない 社会人
012